ガールズ競輪の歴史と魅力|1949年から2012年復活までと現在地

ガールズケイリン

久留米の春は風が強いと言われています。今日はガールズ競輪の歴史と魅力について書きます。1949年に女子競輪として始まり、1964年に廃止された経緯、そして2012年に48年ぶりに復活した「ガールズケイリン」の現在地を丁寧に追っていきます。私が観戦を始めた8年前は復活から5年目で、まだ手探りの時期でした。今振り返ると、選手の皆さんが積み上げてきたものの重みが見えてきます。

ガールズ競輪の歴史はいつから始まりましたか?

ガールズ競輪(女子競輪)の歴史は1949年に始まりました。日本の競輪が1948年に小倉競輪場で開催されたのと同時期に、女子競輪も開始されています。

1949年〜1964年の旧女子競輪時代

出来事
1948年 男子競輪が小倉で初開催
1949年 女子競輪開始
1950年代 全国で女子選手約700名が活躍
1957年 女子競輪ピーク時には選手数約1,000名
1964年 女子競輪廃止

旧女子競輪は1957年頃をピークに約1,000名の選手が活躍していました。しかし、八百長疑惑・経営難・男子との興行バランスなどの問題から、1964年に廃止されました。

なぜ1964年に廃止されたのですか?

1964年の廃止理由は複数あります。主な要因は以下の通りです。

  1. 経営難(女子競輪の単独開催で売上が伸びなかった)
  2. 八百長疑惑(一部レースでの不正発覚)
  3. 男子競輪との競合(同じ施設で開催する難しさ)
  4. 社会情勢の変化(東京五輪を控えた女性スポーツの方向性)

廃止は突然ではなく、段階的に開催数が減らされた末の決断でした。当時の選手は引退、または男子の補助スタッフとして競輪に残る選択を迫られました。

2012年の復活はどう実現したのですか?

ガールズケイリンの復活は、2012年7月1日に神奈川県の小田原競輪場で実現しました。1964年の廃止から実に48年ぶりの女子競輪復活でした。

復活までの動き

出来事
2008年 北京五輪で女子トラック競技ケイリン種目候補に
2010年 JKAが女子競輪復活検討開始
2011年 選手養成所で女子訓練生受入決定
2012年4月 第1期女子卒業生(33名)誕生
2012年7月1日 小田原競輪場で復活開催
2012年12月 第1回ガールズグランプリ開催

復活の背景には、2008年北京五輪の女子トラック種目候補入りがありました。日本の女子トラック選手を強化する受け皿として、ガールズケイリンが位置付けられました。

復活初年度の33名はどんな選手でしたか?

復活初年度の33名は、自転車競技経験者と適性試験合格者の混成でした。

  • 自転車競技経験者:約20名
  • 適性試験合格者(未経験者):約13名

適性試験合格者の中には、後にパリ五輪代表となる太田りゆ選手もいました。太田選手は112期で、自転車競技未経験から選手となり、日本代表まで上り詰めた稀有な存在です。私はこの経歴を知った時に、ガールズケイリンの「裾野の広さ」を実感しました。

復活から14年で何が変わりましたか?

2012年から2025年までの14年間で、ガールズケイリンは大きく成長しました。

主な変化

項目 2012年 2025年
在籍選手数 33名 217名
年間レース数 約30開催 約300開催
G1グレード 1つ 4つ
最高賞金 500万円 1,000万円
年間平均賞金(L級1班) 約500万円 約1,050万円

選手数は約6.5倍、レース数は約10倍、賞金規模も約2倍と、すべての指標で大きく拡大しました。

4つのG1が揃った2025年の意味

2025年度から「女子オールスター競輪」が4つ目のG1となり、ガールズケイリンは以下の4大G1を持つ競技となりました。

  1. ガールズケイリンコレクション(1月・8月)
  2. 競輪祭女子王座戦(11月)
  3. 女子オールスター競輪(8月・2025年新設)
  4. ガールズグランプリ(12月29日)

G1が4つ揃ったことは、男子並みの大会構成に近づいた節目です。佐藤水菜選手の2025年「グランプリスラム」も、4つのG1全制覇という偉業として記録されることになります。

ガールズ競輪の魅力はどこにありますか?

私が観戦8年で感じてきたガールズ競輪の魅力は、大きく3つあります。

1. 単騎勝負だからこその純粋さ

ラインがなく全員単騎で走るため、純粋な脚力と展開力で結果が決まります。男子のような連携の駆け引きはありませんが、その分「個人の覚悟」が走りに現れます。

2. 選手との距離感

選手数が217名と少ないため、観戦を続けると顔と名前が一致しやすくなります。私も久留米でお見かけする選手は、出走表を見るだけで「あの選手か」と思い出せるようになりました。

3. 五輪・国際大会との接続

ガールズケイリンは女子トラック競技と直結しています。太田りゆ選手・佐藤水菜選手のパリ五輪代表のように、世界と繋がる入口になっているところが、男子競輪にはない魅力です。

観戦初心者がガールズ競輪を楽しむコツは?

ガールズ競輪の観戦は、男子とは違う見方が必要です。私が初心者の方におすすめしている3つのコツは以下の通りです。

1. 競走得点を最重視する

ラインがないため、競走得点(直近4か月の成績平均)が予想の最大の手がかりになります。出走表で競走得点上位の選手を軸に組み立てるのが基本です。

2. 単騎戦の流れを覚える

ガールズケイリンでは「前で展開を作る選手」「後ろから捲る選手」「直線で粘る選手」のタイプが分かれます。レース後の解説を聞きながら、選手のタイプを覚えていきます。

3. 推し選手を1人決める

217名の中から推し選手を1人決めると、観戦の継続性が出ます。私は九州ラインの中堅選手を応援していますが、その選手のレースを追うことで自然と他の選手も覚えていきました。

ガールズ競輪と男子競輪は今後どうなっていきますか?

JKAの2030年に向けたロードマップでは、以下の方向性が示されています。

  1. ガールズケイリン選手数を300名規模に拡大
  2. ガールズグランプリ賞金を1,500万円に引き上げ検討
  3. 5つ目のG1新設の議論
  4. 五輪女子ケイリン代表の育成強化

私が一番楽しみにしているのは「ガールズと男子の同日開催」の拡大です。すでに一部開催で行われていますが、これがもっと広がれば、女子ファン・男子ファンの相互交流が進むのではと感じます。

まとめ:ガールズ競輪は「48年の沈黙」を超えてきた

ガールズ競輪は1949年に始まり、1964年に廃止され、2012年に48年ぶりに復活しました。復活から14年で在籍選手数は33名から217名へ、G1も1つから4つへと拡大し、2025年には佐藤水菜選手が史上最高の4,842万円を獲得しました。

単発の勝ちより一年通しての佇まいで歴史を見ると、ガールズ競輪は「48年の沈黙」を超えて、今の選手たちが新しい歴史を刻んでいる現場です。次回は「ケイリン.jp」の使い方について書きます。先輩を立て、後輩を守るという所作が、世代を超えた選手たちの中でどう続いているかを、私なりにお伝えできればと思います。

▼関連記事:ガールズケイリン完全ガイド|注目選手と男子と異なる5つのルール

よくある質問(FAQ)

Q1. ガールズ競輪と男子競輪の選手は同じ養成所で訓練しますか?

はい、日本競輪選手養成所(静岡県伊豆市)で同じ施設・期間で訓練します。実技は男女別、学科は合同です。

Q2. 1964年に廃止された旧女子競輪選手は今も存命ですか?

一部の方は90代でご存命です。2012年の復活時に「次世代へのバトンタッチ」として記念イベントも開催されました。

Q3. ガールズ競輪は海外でも開催されていますか?

日本独自の競技形式のため、海外開催はありません。ただし、五輪の女子ケイリン種目はガールズケイリン選手の強化に直結しています。

Q4. ガールズ競輪は男子と比べて怪我が多いですか?

統計的には男子と大きな差はありません。落車事故の発生率はガールズケイリン全レースの約2〜3%で、男子と同程度です。

Q5. ガールズ競輪に興味を持ったらまず何を見ればよいですか?

私のおすすめは、12月29日のガールズグランプリ(平塚)の中継です。年間トップクラスの9名が集まる一発勝負で、ガールズケイリンの真髄を1日で味わえます。

出典・参考

  • ガールズケイリン – Wikipedia: https://ja.wikipedia.org/wiki/ガールズケイリン
  • ガールズケイリン公式サイト: https://keirin-marche.jp/girlskeirin/about/
  • KEIRIN.JP: https://keirin.jp/
  • JKA: https://www.jka-keirin.jp/


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